旧中山道 一里塚の跡

平成26年7月20日撮影

平成26年7月20日撮影



「旧中山道 一里塚の跡」は辻7丁目にあります。
国道298号線・2丁目交差点のそばにあり、付近には市営と県営の辻団地が立ち並んでいます。

この一里塚の由来について、図書館で文献を当たると

中山道の江戸日本橋から六里(約24キロメートル)の地点に当たる。
慶長年間、徳川家康の名により江戸より諸国道中へ一里塚を築かせ、榎(エノキ)を植えたという。
昭和55年ロータリークラブにより、記念碑が旧中山道沿いのかつての一里塚のあった場所の近くに建てられた。(浦和市総務部行政資料室編集編集『わがまち浦和 地域別案内(改訂版)』(浦和市、1992年)より)

現在の位置は市営住宅辻団地に隣接する公園敷地内に設置されています。

一里塚跡の碑の隣には「辻弁財天」という祠が建立されており、由来が掘られた石版がありました。

辻弁財天と一里塚跡の碑 平成26年7月20日撮影

辻弁財天と一里塚跡の碑
平成26年7月20日撮影



由来
昔この辻地区は湿地が多く村人たちは大変難儀をした
この水難を守る為水の神弁財天を安置し地区の守り神にするとともに中山道を旅する人々の安泰を願った
由来伝記の為有志相計り保存会を結成し祠を再建してふる里の道しるべとする
昭和六十二年三月吉日
辻一里塚弁財天保存会会長 中村春一
撰文 浦和市議会議員 中村仙一
星野秀永書

由来について記されている。 平成26年7月20日撮影

由来について記されている。
平成26年7月20日撮影



辻一里塚弁財天再建協力者芳名 平成26年7月20日撮影

辻一里塚弁財天再建協力者芳名
平成26年7月20日撮影



弁財天には榊が供えられており、今も地域の人から大切にされている様子が伝わります。